第1回:思い出に残る空港

 これまでに海外出張などで幾つもの国の幾つもの空港に離着陸したので、特定の思い出深い空港を一つ挙げるのは難しいが、面白い経験をしたというのは(といってもささやかな経験に過ぎないのだが…)カリフォルニア州オークランド空港である。といっても私はオークランド空港には二度しか行っていないし、その港内の様子も全く覚えていない。

 話はこうである。私が米国インディアナ大学の大学院博士課程に在学中(1973~78年)、6月の夏休みになると、アジア地域から米国に留学していた学生達は何かと旅費を工面して安上がりのチャーター便で故郷の国々に戻っていくのであった。そのようなチャーター便の一つに香港の「四海包機」という企業が運航する便があった。この出発地がオークランド空港なのである。このチャーター便は夜の8時頃にオークランドを発ってオレゴン州のポートランド、ワシントン州のシアトルなどで追加の客(多くは学生達)を加えて、アラスカ州アンカレッジまで北上し、そこから西に向かって約10時間の飛行の末、東京羽田に着き、日本人客を降ろし、次にソウル、台北、香港、シンガポールと順次飛行していくのである。

 ところがこのチャーター便は夜8時にオークランド発とは言っても、定刻通りに離陸することは稀で、真夜中12時過ぎや、翌日の午前2時くらいまで出発が遅れることが常であった。乗客達もそのことは既に承知で、夜8時を過ぎてチェックインが始まらなくてもあわてた様子やイライラしたりする素振りは見えない。それどころか、待合い室のそこここで夕食らしき包みをあけてゆったりと食しているのである。10時、11時を過ぎ実質的にチェックインが間近になってくる真夜中近くになってくると、空港内アナウンスで「チェックインまであと1時間待ち」などというニュースが流れて、初めて遠い空の旅に出るのだという気分になるのであった。ここで待っている乗客達の様子が面白い。大きなバッグや袋物などを背にして通路に座り込んでいる。個別のグループ毎に種々雑多な言葉が飛び交い、そのグループ間で交流が始まる。この交流が大切なのである。と言うのは、このチャーター便では食事が供されないのだ。食事は乗客が各々持ち込むことになる。したがって、機内はいつの間にか各国料理のにおいにつつまれる。その後に起こるのは食べ物の交換である。ここで先程のグループ間交流が物を言うのだ。各国の自慢料理(と言ってもお弁当程度のものだが)が、イスの背もたれ越しに乗客の間を行きかうのであった。

 乗客の多くは余りお金に余裕のない留学生達だが、帰心矢の如し、狭い機内で窮屈だが、あと10幾時間も我慢すれば、懐かしい人達が待つ故郷に帰れる。オークランド空港での5~6時間の出発待ちなど何の苦にもなろう。しかも機内のこのもてなし合いはどうだ。かくしてアジアからの留学生故郷の夏休みが始まるのであった。謝々四海包機。私はこのチャーター便に乗って日本に戻った夏に今の妻に逢ったのである。

【目次】
第1回
思い出に残る空港
【プロフィール】
鈴木典比古氏
1972年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、1978年インディアナ大学経営大学院博士課程修了(経営学博士)。ワシントン州立大学助教授・準教授、イリノイ大学助教授等歴任の後、1990年より国際基督教大学教授。2000年国際基督教大学学務副学長を経て、2004年より国際基督教大学学長(~2012年)。2012年公益財団法人大学基準協会専務理事を経て、2013年6月より現職。中央教育審議会大学分科会委員、大学設置・学校法人審議会大学設置分科会委員、国立大学法人評価委員会委員、高等教育質保証学会会長などを務める。
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